なにかのまねごと

A Journey Through Imitation and Expression

精神科は話を聞かない

この文章はどんな文章?

この文章はトラウマとかを話したくないから精神科に通いたくないと思ってる人のための精神科体験談です。

私は精神科に通い始めてそろそろ20年になります。生活の場所が変わることによる転院も2回経験し、そのほか事情があるときはスポットでの通院も何度か経験してきました。そろそろ精神科患者のプロを名乗ってもいいかもしれないと思ってます。
なんでそんなに精神科に通っているの?って話になるのですが、それは罹った病気が統合失調症で、再発を防ぐために一生メンタルの薬を飲み続けなくてはならないという事情があるからです。
さて、そんな精神科患者のプロ(自称)である私が20年も精神科に通い続けて、一番安心して通えると思っているポイントがあります。
それは「精神科は話を聞かない」ということです。
正直、この言葉はちょっと盛ってます。もちろん精神科は全く話を聞かない所ではないです。ちゃんと今の症状の話は聞いてくれます。でも、トラウマなどの過去の嫌な思い出とかを聞くことはないようです。

私が精神科に行きたくなかった理由

私は大学時代に統合失調症を発症し、頭の中に溢れる自分を責め立てる声がとても辛くて精神科に通うことを何ヶ月もずっと考えていたのですが、二の足を踏む理由がありました。
それは、過去の話を掘り返して欲しくない、というものです。
私は実家の母と折り合いが悪く、それで子どもの頃から辛い気持ちになることが多かったのですが、そういうところが当時の自分の辛さの原因なのではないかと素人判断をしていました。だから、精神科に行ったら心の不調の原因を探るため、当然のように「あなたのトラウマはなんですか?」みたいな話をしなければならないと思い込んでいたのです。
そして、そういう過去の話をすることは当時の私にとってはとても嫌なことでした。
だから、心が限界だと思いながらも精神科に行くことを我慢してしまっていたのです。

それでも精神科に行ってみたら

しかし、頭の中の声に気を取られて左右も見ずに車道を渡って事故に遭いかけたという体験をして、これは本当におかしいからと精神科に行く決心をしました。
辛い過去の話をするのは本当に嫌だけれど、もうこれ以上の不注意があっても嫌だ、そんな気持ちで精神科に行きました。
そこで、自分から過去の話はせずに、今困っている頭の中の自分を攻撃する声の話、それに気を取られて交通事故に遭いかけた話だけをしました。
そして、先生からもいくつか質問があったと思うのですが、なにぶん昔のことなのでちょっと覚えていません。でも、嫌だった過去のトラウマの話は全く訊かれず、拍子抜けしたのは覚えています。

結局精神科ってどういう所?

あれから約20年ほど経ちました。冒頭でも述べた通り転院も経験しましたし、スポットでの通院もしました。通った精神科の数は延べ5、6軒というところでしょうか。最初に行ったところ以外はだいたい紹介状等があったという事情もあるのかもしれませんが、やはりどこの精神科でも私が最初に思っていた「あなたのトラウマはなんですか?」みたいな話は訊かれませんでした。なので、精神科というのはそういう話を聞く場所じゃないんだな、というのが精神科患者のプロ(自称)である私の理解です。
じゃあどういう所なの?という話ですが、精神科は心の働きが調子を悪くした困りごとにお薬(物理)で対処する場所なのだと思っています。
心の困りごとに物理なんて効くの?と思うかもしれませんが、効きます。合う薬を探すのに時間がかかるかもしれませんが、生来の自分の性格はどこに行ったのだろうと思うくらいに効きます。
心の働きの不調は物理で殴れ。

と、つらつら精神科患者のプロ(自称)目線の体験談を書いてきましたが、この文章が昔の私のような人に届くのを願っています。

20代に積み上げたことがない人間が40代になって

私は20歳くらいの頃、大学在学中に統合失調症と診断された。
それから、なんとか縋り付くように卒業はしたけれど、新卒切符は不意にして実家に帰り数年寝込んでいた。
それからなんとか体調が戻ったかと判断して仕事を始めるもののまだ働くには早かったという結論に辿り着くのを何度か繰り返し、結果的に職能が何も身についていない30代になった。
そこから人生のウルトラCが起こって結婚し、更に色々とあって35歳からようやくプログラミングのアルバイトの職を得ることができた。その仕事も体調の波に左右された状態で休んだりを繰り返し、一度大きな波に負け越して仕事を辞めてしまったものの、それから半年くらい休んでまた別の会社でプログラミングのアルバイトの仕事をしている。その会社でもやっぱり体調に左右されながら仕事をしているが、なんだかんだでプログラミングの仕事を始めてから5年くらいは経ったことになる。もう40代になってしまった。
40代というと、20代からちゃんと職能を積み上げてきた人たちは会社の管理職を経験して中には経営層に入る人もいたりして、ますます職務経歴が分厚くなるときだ。
そんな中、私は体調も安定せず突然休むことがある人というポジションでアルバイトをさせてもらっている。多分、20代のうちに取った精神障害者保健福祉手帳のおかげでそれでも働くことができているのだろう。
それでも、時々は辛いなと思う。あるはずだったものがない人生なのだ。
「ない」ということを語るのは難しい。あったはずということからないことを認識するけれど、「ない」ということは「ある」ということとの差分でなければなかなか語れない。だから、「ある」ということを経験したない状態で「ない」というのを語るのは本当に難しいなと思う。
つまり、あるはずだったものがない人生の辛さを語るというのは難しい。
ただ、逆に考えると「ある」ということを経験したことがないのだから「ない」ということを認識するのもふわっとしているはずで、あるはずだった人生というものに曖昧な夢を見ていて、それが「ない」と思っている辛さもまた曖昧模糊としているような気もする。ただ、曖昧なだけあってその辛さは思い込み始めるとどこまでも大きく膨らんでいきそうだ。
だからもう「ない」人生を受け止めて「ない」ことの形をはっきりさせずに今の人生を生きるのがいいんだろうな、と思う。
そういう理由があって、私はこの世界線では仕事に縁のない人生だったんだなと思うことにしている。
きっと病気にならなかった世界線の私は、20代のうちから仕事をちゃんと積み上げて40代で管理職とかちゃんとやれているかは分からないけれど今よりは仕事を頑張れる人生を送っているのだろう、なんて妄想するのだ。
今の人生で20代に積み上げたものがないことについて「ない」辛さにこだわってしまうよりは、別の人生を歩んでいる私を妄想する方がまだメンタルにいいのではないかななんて思う。
それに、なんだかんだで今はプログラミングの仕事を始めて5年くらい経っていて、それなりに積み上げてきたものがあるかなと思えるようになっている。それが普通の人の10年遅れでも、今あるものを大切にするのが大事だろうなと思っている。

この文章は絶対に終電を逃さない女さんの著書、「虚弱に生きる」の第5章にある「若いうちに積み上げたものがない中年」の項に触発されて書きました。
目次のここが一番刺さって、真っ先に読んだ項です。
私の場合原因がある虚弱というか仕事が続けられなかった事情ではありますが、きっと似たような悩みを抱えた方の本なのだろうと思って買った本です。他の章もこれからゆっくり読もうと思います。

もし物語に役割があるとするならば

言語化が大事。とてもよく聞く言葉です。
でも私は言語化はそんなに大事じゃないんじゃないかな?と思っています。

ビジネスの文脈で言語化が大事と言われると、それはその通りだろうと思います。仕事に再現性を持たせるためには、手順やそうする理由などを言葉にして、他の人でも、そして未来の自分でも理解できるようにするのは大事だと思っています。
でもそれ以外、特に感情を言葉で扱うときには言語化しすぎると取りこぼすものがあると思っているのです。

強い感情を抱いたときに、言葉にできないと思ったことはないですか?逆に、強い感情を無理にでも言葉にすることで気持ちが落ち着いたことはありませんか?
私はどちらも経験したことがあります。
言葉にできないと思うくらい強く複雑な感情は、無理に言葉にすると情報が欠落します。言葉にするというのは基本的には分かりやすくする作業です。なぜ分かりやすくなるのかというと、複雑な情報を乗せたままにしない、つまり単純化するからです。
だから、強く複雑な感情を無理に言葉にすると、複雑さが削ぎ落とされて単純化され、その感情の強さの元になっていた複雑さが欠落して弱まるのです。
それが強い感情を無理に言葉にしたときに気持ちが落ち着く理由です。

基本的に感情というのは感情そのものを言葉にしても1/3も伝わらないと思った方がいいでしょう。
けれども、感情を伝えるのにとても適したメディアがあります。
それが物語です。
もし物語に役割があるとするならば、それは言葉にできない感情を言葉にしないまま伝えるということだと思います。

これは私の好みも多分に入る話だとは思うのですが、登場人物の感情をそのまま「嬉しかった」「悲しかった」などとそのまま言葉にして説明するのではなく、登場人物が強い感情を持つに至った経緯を描写し受け手に登場人物の感情を追体験させることが、感情を伝えるのにとても適した手段なのだと思います。