なにかのまねごと

A Journey Through Imitation and Expression

もし物語に役割があるとするならば

言語化が大事。とてもよく聞く言葉です。
でも私は言語化はそんなに大事じゃないんじゃないかな?と思っています。

ビジネスの文脈で言語化が大事と言われると、それはその通りだろうと思います。仕事に再現性を持たせるためには、手順やそうする理由などを言葉にして、他の人でも、そして未来の自分でも理解できるようにするのは大事だと思っています。
でもそれ以外、特に感情を言葉で扱うときには言語化しすぎると取りこぼすものがあると思っているのです。

強い感情を抱いたときに、言葉にできないと思ったことはないですか?逆に、強い感情を無理にでも言葉にすることで気持ちが落ち着いたことはありませんか?
私はどちらも経験したことがあります。
言葉にできないと思うくらい強く複雑な感情は、無理に言葉にすると情報が欠落します。言葉にするというのは基本的には分かりやすくする作業です。なぜ分かりやすくなるのかというと、複雑な情報を乗せたままにしない、つまり単純化するからです。
だから、強く複雑な感情を無理に言葉にすると、複雑さが削ぎ落とされて単純化され、その感情の強さの元になっていた複雑さが欠落して弱まるのです。
それが強い感情を無理に言葉にしたときに気持ちが落ち着く理由です。

基本的に感情というのは感情そのものを言葉にしても1/3も伝わらないと思った方がいいでしょう。
けれども、感情を伝えるのにとても適したメディアがあります。
それが物語です。
もし物語に役割があるとするならば、それは言葉にできない感情を言葉にしないまま伝えるということだと思います。

これは私の好みも多分に入る話だとは思うのですが、登場人物の感情をそのまま「嬉しかった」「悲しかった」などとそのまま言葉にして説明するのではなく、登場人物が強い感情を持つに至った経緯を描写し受け手に登場人物の感情を追体験させることが、感情を伝えるのにとても適した手段なのだと思います。