セル画とは、90年代くらいまでのアニメを作る時に使っていた特殊な画材を使った絵のことを指します。
少年ジャンプ展Vol.2で展示されていたスラムダンクのアニメOPがセル画の良さを存分に引き出したリマスターをされていたので、ちょっと自分が知ってるセル画についての知識を語りたくなりました。
ソースはセル画の彩色職人だった知り合いの方のお話とお仕事見学とその後の調べによる知識です。
セル画の特殊なところは、セルと呼ばれる透明なフィルムに絵を描くところです。
日本で一般的なセルアニメーションは、このセルにキャラクターなどの動かすところを描いて、背景の上に重ね、一コマずつ映像用のフィルムに撮影していきます。
背景とセル画を組み合わせた絵を一コマ撮影したら、キャラクターの絵だけ次の動きを描いたセルに入れ替えて、また一コマ撮影する。それを繰り返して動きのある映像用フィルムを作っていくのです。
映像用フィルムの仕組みがわからない人は『8ミリ フィルム』あたりで検索してみるといいと思います。
で、そんな用途で使うので、背景を透かさないようにするために、そして透明なセルにちゃんと塗れるように、特別に作られた特殊な絵の具を使います。
加えてかなりの厚塗りをします。
この厚塗りというのはCGの技法の厚塗りではなく、物理的に絵の具が分厚いという意味です。1ミリくらいの厚さはあると思います。
この絵の具はセルの裏側から塗ります。そうすることで、透明なセルを表から見た時に色むらがなくなるのです。
先ほど軽く説明をしましたが、セルアニメはセル画にキャラクターの動きを一枚ずつ描いて、一コマ撮影するごとに次の動きのセルに入れ替えてまた撮影します。そのため、塗りムラがあるとキャラクターの顔色などが一瞬ごとに違うという出来上がりになってしまいます。
それを防ぐためにも、塗りムラができないように特殊な絵の具と特殊な塗り方が要求されるのです。
また、撮影の際にはかなり強い光をあてるので、光を透かさないということも非常に重要です。
特殊な塗り方について、もう少し説明します。
アニメ塗りは基本的に黒いキャラクター線で色を塗り分けます。この黒いキャラクター線は、彩色職人さんのところにセルが届いた時点でセルに描かれています。
これは、動画に描かれた鉛筆の黒鉛を、特殊な機械を使ってセルの表に写し取ることで描かれます。
でも、例えば人物の影やハイライトなどは黒い線以外のところで色が塗り分けられています。
この色の塗り分けの実現方法ですが、色トレスと呼ばれる技術を使います。
色トレスでは、塗りたい色の絵の具をつけペンにつけて、動画の色指定が描かれた色鉛筆の線をセル画にトレスします。この色鉛筆の線は特殊な機械ではセルに写し取れないからです。これは彩色職人さんの仕事です。
色トレスには、セルの表からトレスする方法とセルの裏側からトレスする方法の2種類があります。一般的なテレビアニメーションでは表側からトレスしますが、例えば雑誌用の一枚絵などといった手をかけられるセル画の場合は裏側からトレスします。
なぜ色は裏に塗るのに色トレスは表にするのか?ということですが、これはセル画の色ぬりミスの修正方法と関係があります。
セル画の色ぬりをミスしたらどうするのか?時間がタイトなテレビアニメでは最初から塗り直す時間はなかなかありません。また、先ほども説明した通り、絵の具はセル画にかなり分厚く塗られます。なので、竹でできたヘラを使って、はみ出したところ、間違えたところを削り取るのです。
この削り取りをする時に、色トレスの線も絵の具と同じように裏側から描かれていたら、それまでヘラで削り取られてしまいます。
なので、色トレスの線は表に描いて修正時に一緒に削り取られないようにするのです。
しかし、厚塗り用のモッタリした絵の具で表側に線を描くと、その分表側に厚みが出ます。その表側の厚みは、時に撮影時の光で影を作ります。時々古いアニメを見ていると、色の境界線がはっきり見えることがありますが、それは表側の色トレス線が作った影によるものです。
そのため、一枚絵などのなるべく綺麗に撮影したいセル画では、色トレスを裏側からします。修正の時に色トレス線まで削り取っても、線ごと丁寧に修正をします。それだけの時間をかけられるからです。
もしくは、そんな修正などすることのない凄腕塗り師が仕事をします。
そして、これまでの話を総合すると大体察しがついてくるかもしれませんが、セル画の色ぬりは通常の絵と違って細かいところから塗っていきます。
セル画の裏側から、細かいところから塗っていけば、大きなところを塗っている時に細かいところに多少はみ出しても、表から見たときの出来には影響しません。
そのためには、色を一箇所塗るごとにしっかりと乾かすことが重要です。なので、彩色職人さんたちは何枚ものセル画を並行で塗っていきます。一箇所塗って乾かしている間に他のセルを塗るのです。
絵の具を乾かすことは、色を混ぜないようにするためにも非常に重要です。
彩色職人さんたちは絵の具の色を混ぜないようにすることにも非常に気を使います。アニメーションのセル画は多くの人の手で大量生産されるので、絵の具も均質であることが重要です。そのため、手元で色が混ざらないよう、色ぬりに使う筆を洗う水にも気を使うのです。
そして、セル画は通常何枚も重ねます。一人のキャラクターを一枚のセル画に描くのではなく、キャラクターの動く部分と動かない部分を複数のセル画に分けるのです。
一番わかりやすいのはキャラクターの口パクだと思います。Aセルにはキャラクターの口以外の顔を描いて、Bセルに口を描きます。そして、撮影の際にAセルとBセルを重ねて、一コマ撮影するごとにBセルだけ入れ替えて口だけ動くことを表現するのです。
知り合いの彩色職人さんのお仕事見学をした時、口だけが描かれたセル画が何枚もずらっと乾かされている光景を目にしたことがあります。そのセル画を見た時、口しか描かれてないなんてもったいないなと思い、その職人さんに言ったことがあります。そうしたら、そんなことはないんだよ、とお返事をいただきました。今となっては、動かない部分に絵の具と手をかける方がよほどもったいないとわかります。
セル画は重ねるものなので、下のセルになるほどわずかにぼやけます。
また、90年代のテレビは今ほど画質が綺麗ではないので、そこでもぼやけます。
そのぼやけ方がセルアニメーションの味なのではないかと個人的には思うのです。
冒頭に書いたジャンプ展で展示されていたスラムダンクのアニメのOP映像はそのぼやけを非常に綺麗に演出したリマスターがされた映像でした。ジャンプ展は非常に素晴らしい展示でしたが、1、2を争うくらいに印象に残りました。
なので、セル画についてとりとめもなく知っていることをつらつらと語らせていただきました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
【参考書籍】
セル画についての解説というよりも仕事に対する姿勢についてのインタビュー本です。ジブリの色設計を支えた保田道世さんに対するインタビューが載っています。
彩色の技法本なのですが、セル画の塗り方に関する実際的なテクニックが載っています。
アニメーションの作画の歴史を知りたいならこの一冊ではないかと思います。日本でまだフルアニメーションが作られていた、鉄腕アトム以前の話が読めるのはこの本くらいではないでしょうか?